2009年06月17日

守備側にとっては早く開城すれば寛大な

適当な条件を示したり、脅したりしながら、開城の条件を交渉する。互いの状況は正確には判らないために駆け引きがあり、守備側にとっては早く開城すれば寛大な措置を受け、最後まで抵抗すれば略奪や虐殺されるという囚人のジレンマを感じることになる。日本では「調略」とも言う。

中世から近世の欧州では、武装解除なしで退去・明け渡しの慣習があり、将の名誉とされた。これはキリスト教の下に「誓い」が重視された文化で発生し得た合意である。予め一定期間内に援軍が来ない場合、開城して良いと領主から指示があることも多かった。

強攻 [編集]
城壁をよじ登る、梯子、雲梯をかける、攻城塔で接近するなどして城内に入りこみ、守備塔を占拠したり城門を開くことを試みる。

攻城側の兵士が城内に侵入できても、守備兵の錬度や士気が高い場合や、城内部にさらに守備の工夫や通路が複雑だと、攻城側の損害は大きくなる。コンスタンティノポリス攻略、山中城攻城など。
ブレイクダンス
大気化学
ヒッチハイク
投扇興
ラクロス
ダイエット
ロデオ
フードテーマパーク
ホッケー
ルームシェア
日本の演劇
熊本の湯めぐり
食の文化
お寺案内
骨の調べ
地震のおこり
筋肉事典
湯・香川
アロマ広場
チョコレート戦争

城は城壁や堀を備え、城への侵入を困難にしている。そのため、攻撃側は強攻に先立だって、敵城の堀を埋め、城壁や城門に突破口を作り、主軍の進入路の確保する必要がある。

破城槌や投石機で城門や塔、城壁などを破壊する。
移動小舎を接近させて堀を埋めたり攻撃のための足場を築き、あるいは城壁直下に穴やトンネルを掘って壁の自重による崩壊を誘う。
火矢などで火をつける。

城兵の損傷 [編集]
防備の人員を殺傷して減らすことで城の防御力の低下を図る。

弓兵や投石兵、バリスタで、城壁上や城内の敵兵を攻撃し城兵の損傷を増やす。
病気や腐乱した死体を投げ込んで、伝染病を流行らす。
挑発するなどして敵軍を城外に誘き寄せる。

内応 [編集]
利で誘ったり、内部の対立を利用して敵兵に内応させる。

奇襲 [編集]
城が防御準備をしていない段階で素早く攻撃し城内に入り込む。特に中世欧州の城や城壁都市は平時に多くの人の出入りがあるため奇襲は有効だった。

奇策、撹乱 [編集]
抜け道や何らかの方法を使って少数の兵が城内に入り、撹乱したり城門を開く。

2009年05月31日

北宋は科挙官僚の主導権が確立されたと共に

胥吏の存在もまた確立された時代であった。現代日本語では「官吏」と一くくりにされる言葉であるが、宋以後の中国では官とは科挙を通過した官僚を指し、吏および胥吏とはその官僚の下にあって諸事に当たる実務者集団を指す。

胥吏は元々は官僚が仕事を行う際に、その下で動く者たちを一般民衆の間から募集した徭役の一種として始まったものである。このうち法律・徴税など専門性の高い者はその技術を徒弟制度によって受け継がせ、その役職を占有するようになっていった。南宋代の記録であるが福州(福建省)では官が15人ほどに対して胥吏の数は466人とあり[6]、胥吏無しでは行政は全く回らない状態であった。

この胥吏は徭役が元であるから基本的に無給であり、収入は手数料と称した官僚からの詐取・民衆からの搾取によっていた。この搾取はかなり悪辣なものでありたびたび問題にされていたが、こと実務に関しては親子代々行っている胥吏に対して三年程度で別部署へ移る官では胥吏に頼らなければ職務を実行することは出来ず、完全に胥吏のいいなりであった。また胥吏は自らの地位を守るために官に対して収益の一部を渡しており、「三年清知府、十万雪花銀」(三年知府をやれば、十万銀貯まる)と言われるような状態であった。
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この状態に王安石は「胥吏に給料を支給する代わりに収奪を止めさせる」倉法という法を実行し、官と吏との合一を図ろうとした。しかしこれは士大夫の自尊心を傷つける結果となり、大きな反対を受けて頓挫した。以後、清の終わりに至るまでこの胥吏体制は続いていくことになる。

宋代は司法制度が非常に発達した時代である。唐に於いて刑法に当たるものは律であるが、宋以後の大きな社会変化の中で硬直した律を使い続けることは弊害が大きかった。そこで律が不適当と思われる場合には勅が出されて判決が変更され、その勅に従って以後も進められていく。また過去行われた裁判の判例を後の裁判にも適用するようになった。これを断例という。徽宗の崇寧四年(1105年)にはこの断例を纏めた物を出版している。

宋代の刑罰は死・配流(流罪、三千里・二千五百里・二千里)・配役(強制労働、三年・二年・一年)・脊杖(背中を杖で打つ、二十から十三まで)・臀杖(尻を杖で打つ、二十から七まで)の五種類である。五代の殺伐とした世の中で刑法も極めて厳しいものになっており、後漢の時には「1銭を盗めば死刑」となっていた。宋に入って刑を軽くしていったがそれでも死刑される人数が膨大になり、太祖はこれを救済するために死刑囚に対して自ら再審し、死刑が適さないとした者にたいしては配流に処した。また死刑以下の刑罰も軽くして新たに折杖法という刑法を作った。但し軽くなったといっても唐律に比べればまだかなり重く、范祖禹は「律に比べて勅の刑罰は三倍」と述べている。

宋代の司法の著しい特徴は警察・検察・裁判の三者がこの時代に既に分立していたことである。まず県に属する県尉と路・州に属する巡検とが犯罪者の逮捕に当たる。これを巡捕という。捕らえられた者は獄(留置所)に降され、ここで獄吏による取調べが行われる。これを推鞫という。取調べが終わり、犯罪事実が明らかになるとこれに対してどのような刑罰を行うべきかが審議される。これを検断という。この過程を行うのは全て独立した部署であり、これらの役職を兼ねることは厳に禁じられた。

巡捕・推鞫・検断が終わると知県が判決を下すが、知県に許された権限は臀杖二十までで、それ以上の刑罰を科す場合には上の州へと送る。州では再び獄による取調べが行われる。州に於いては録事参軍・司理参軍がそれぞれ獄を持っており、その結果によって判官・推官によって判決の原案が作られ、最後は知州によって判決が下される。後に裁判に誤りがあったと分かれば判官・推官・録事参軍・司理参軍は全て連帯責任を負う。知州の権限は配流までであり、死刑の場合は中央へと送る。

州にて死刑が妥当とされた者のうち、死刑執行をためらう理由が無いと考えられる用件に付いては提点刑獄によって再検討するだけで良い。それ以外の者は中央へと送られる。中央にてまず大理寺がこれを受け取り、書類の上で審査する(詳断)。大理寺を通過すると次は審刑院に送られ、今度は直接本人に尋問するなどして再び審議される。大理寺と審刑院との意見がそれぞれ皇帝へと上奏され、皇帝による判決が下される。

これらの判決に対して不服がある場合には上告する権利がある。これを飜異という。

これら司法制度の整備により裁判は非常に多く行われるようになった。そのためこの時代には包拯に代表されるような「名裁判官」が登場し、その活躍は街中の芸人によって語られ人気を博した。一方で訴訟ゴロの登場や訴訟の激化(健訟)を招いたが、それだけ法と裁判が身近なものになったという証拠であろう。

2009年04月28日

イタリア語のファッショ

イタリア語のファッショは束(たば)、結束を意味する。ファシストとは結束した同盟者の集まりという意味になる。

「ファシズム」ということば自体は、古代ローマ帝国で執政官の権威の象徴として用いられていた儀式用の束桿(fasces、ファスケス。斧の回りに短杖を束ねたもの)を淵源とする“ファッショ”に由来している。(ここから「ファッシズム」と表記される事もあり)イタリアでムッソリーニが1921年にファシスト党 (Fascisti) を結成したときに名称に使い、人口に膾炙することばとなった。

ファシズムの色
ファシズムは「黒」を象徴色とした。黒シャツ隊の制服の色にも採用されている。これは在郷軍人のもので、黒以外にもカーキなどが使用された。

ナチズムにおいては褐色である。ヒトラーの礼服は褐色だった。ナチ党の突撃隊は、褐色の制服を用いた事から「褐色シャツ」と言われていた。党本部も「褐色館」と呼ばれていた。親衛隊 (SS)の場合は全体的に黒であるが、黒服や徽章などは古くにあったプロイセン王国時代(19世紀)の軍服から採用したものであり、変わった点と言えばナチズムを意味する褐色の中のシャツぐらいである。他には非政治的な国防軍の制服との区別にも注意を要する。

1932年版のイタリアの百科事典(著者ジョヴァンニ・ジェンティーレ)には以下のように記述されている。

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「ファシズムでは、国家が自らの原理や価値観でもって個々人の意思や思想を律し、型にはめるための権威であるだけでなく、積極的に個々人の意思や思想を広く説き伏せていく強制力をもった機構となる。(中略)ファシストはすべての個人及びあらゆる集団を絶対的な存在である国家のもとに統合する。」
1925年10月28日のムッソリーニの演説に登場する以下の言葉はファシストの行動原理を端的に示している。

"Tutto nello Stato, niente al di fuori dello Stato, nulla contro lo Stato" (すべてを国家のもとに。国家の外にいるもの・国家に反するものがいてはならない)

2009年04月12日

クル (シュメール神話)

クル(Kur)とは、シュメール神話における冥界の神で、鱗に覆われ、巨大な翼がある竜である。冥界の河の番人でギリシャ神話でいうステュクス川とほぼ同様の河を見張る竜である。夫アプスー(原生の海)と母であるMa神(地球の意)の間の子である。アヌンナキ神群の一員で、エレシュキガル、エンキ、エンリルの兄弟である。

楔形文字「KUR」とは「山」を意味したが、場合によっては、名が王国の名前の前に置かれるのに応じて「陸」(または「土地」)という意味にもなった。 アッシリアの発音は「mât」という。冥界だけでなく、大地も司る。

神話ではクルが冥界の番で孤独に陥っていたとき、「帰還する事のない土地(クル・ヌ・ギ・ア)」を支配する「死の女主人」ですべての闇を司る神であるエレシュキガルがクルにこう勇気付けた記録が残っている

“ 「私はあなたを決して恐れていません、我々の種族では。」彼女は声を出して言った。クルはその時言葉の本当の意味を理解した。 「貴方は私の異母(父)兄弟、クルなのです。そして、ここにいる小さき闇の者も皆そうです。そして、たとえ他の神々が冥界にいるがために貴方を見捨てようとも、私は冥界の中すべてにこそ美があることを知ってます。 だからこそ私は暗黒の者としてそう生きると決断したのです。 貴方のために貴方の心へ潜り込んで分かったこと、それは我々兄弟と貴方が同一である事、そして同一であるがために私を含む闇の種族すべての存在を導く「暗黒の種」を捜し求めなければならないという事を。 そして私もその「暗黒の種」から生まれ出たのです。 いずれあなたが、「暗黒の種」によって私達闇の種族すべて結集させる力があることが分かる時が来るでしょう。そして我々と同一の存在たる闇と共に闇の種族でたる私達を繁栄させること。それがあなたの今の使命なのです。

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2009年03月28日

ヒトパピローマウイルス

ヒトパピローマウイルス(Human papillomavirus:HPV)はパポーバウイルス科に属するウイルスの一つ。ヒト乳頭腫ウイルス(-にゅうとうしゅ-)とも言われる。パピローマまたは乳頭腫と呼ばれるいぼを形成することから名付けられた。
ハンモ サイクロ ジャイル ダゴン ローツェ 夕立ち クフルト マーガ 白菜 エゴイ シプリン ヒート サテラ 黄昏 あくび ぞくげん スコール おきなれ プリスクール トーラス ブルー オートオオ レモンピー 天永 リュード フキ ギアシ ルクセン ジャイロ サイド ジェット ダックス フレア 四天王 マンゴー ピアニスト モヒカン ナビむつ デザイン キュー きつき ストップ じょうさい ヒヤシンス シュミナ リフネ メゾネット イング ダッシュ リング

性状 [編集]
環状構造の二本鎖DNAウイルス。全世界的に古くから存在していた。現在では100種類以上の型が報告されている。正20面体のカプシドで覆われており、遺伝子サイズは種類により異なるがだいたい約8,000塩基ほどで、8から9のオープンリーディングフレーム(ORF:蛋白をコードしていると推定される遺伝子。しかしその遺伝子産物は同定されていない)を含んでいる。子宮頸癌でよく発見される16型HPVの場合、初期遺伝子(E1,E2,E4,E5,E6,E7)と後期遺伝子(L1とL2)というORFを持っている。その中で特にE6とE7が発癌に関与していると考えられている。

E6はがん抑制遺伝子であるp53と結合し分解することで発癌に寄与している。E6はそれ以外にもhTERTの再活性化やPDZドメインを持つたんぱく質を分解することで発癌に寄与している。E7はp53と同様がん抑制遺伝子であるpRbと結合、分解・不活化することでpRbと結合している転写因子であるE2Fを遊離し活性化することで発がんに寄与している。それ以外にもE7はcdkインヒビターであるp21、p27と相互作用することで発癌に寄与している。

それ以外のウイルスがコードするタンパク質ではE1はDNAヘリカーゼ活性を有し、E2と結合することでウイルスゲノムの複製に関与している。E2はE1と同様ウイルスゲノムの複製に関与するが、ウイルス遺伝子の発現調節に関わるLCR(Long Control Region)上に結合ドメインがあり、初期遺伝子の発現調節(特にE6、E7)に関わっている。E4はサイトケラチンのネットワーク崩壊、E5はEGFRの活性化などが報告されているが、これらのウイルスタンパクの明確な機能は明らかにされていない。L1とL2はキャプシドタンパクでL1のみでVLPを形成できることが知られている。後半に記述しているGardacilやCervarixなどはいくつかの型のL1をもとに作製したワクチンである。L2はキャプシド形成に補助的に働いていることが知られている。

通常、ウイルスは自己の複製を促すため感染細胞の増殖能を上げるために分化を抑制することが多いが、HPVのゲノム複製は分化依存的に行われる。そのため、単層培養系ではウイルスのライフサイクルを再現することが出来ず、純培養が不可能なウイルスである。

種類 [編集]
HPVは現在100種類以上存在が確認されている。

感染部位による分類 [編集]
上皮型
HPV1,5,8,14,20,21,25,47型
粘膜型
HPV6,11,16,18,31,33,35,39,41,45,51,52,56,58,59,68,70型

発癌性による分類 [編集]
低リスク群
6,11,40,42,43,44,54,61,70,72,81,CP6108型[1]
高リスク群
16,18,31,33,35,39,45,51,52,56,58,59,68,73,82,(26,53,66)型

感染方法 [編集]
接触感染で皮膚や粘膜に感染する。多くの感染は一過性で、免疫により排除される[1]。しかし、一生涯有効な免疫記憶は形成されず何度も感染する。

近年では、アメリカにおいて口腔癌、舌癌、喉頭癌などの拡大要因だと指摘されており、オーラルセックスが原因だと考えられている(外部リンク参照)。

臨床像 [編集]
一般に上皮に対する親和性が強く、それぞれ種類によって生じてくる疾患は異なってる。

尖圭コンジローマ:主にHPV6、11型が原因
子宮頚癌:主にHPV16、18型が原因
疣贅:皮膚に出来るイボ。ウイルスの種類により形状・発生場所が異なる。詳しくは内部リンク参照のこと。
東京都による調査によれば、383検体の遺伝子の検出調査の結果、約43%(154検体)からHPV遺伝子が検出された。発ガンリスクにより分類したところ、低リスク群が6.5%(25検体)、高リスク群は24.8%(95検体)であった。受診者の年代別のHPV検出率では、若い世代での検出率が高く、高リスク群では10代と50代での検出率が高い傾向がみられた[1]。

ワクチン [編集]
米国メルク社より尖圭コンジローマと子宮頸癌の原因ウイルスであるHPV6 ,11, 16, 18型のワクチン「商品名GARDASIL(ガーダシル)」が開発され、2006年6月にアメリカ食品医薬品局で承認された。

HPVに感染していない女性を対象にした大規模臨床試験では80%近い予防効果があったと報告されている[要出典]。すでにHPVに感染した人に対する治験は行われていないが効果は期待されている。 本ワクチンには治療・再発予防の効能は無い。また、男性、そして9?26歳以外の年齢層(特に高齢側)の女性に安全・有効であるかの検証は米国で現在進行しているところである。それまでは適応は無い。

次いで英国グラクソ・スミスクライン社よりHPV16, 18型のワクチン「商品名Cervarix(サーバリクス)」が開発され、2007年5月に10歳?45歳の女性用としてオーストラリアの医薬品審査当局で承認された。なお、臨床試験ではHPV31 ,45型などの他のがん原性HPV型に対しても予防効果を示す結果も得られている。

日本では2007年9月にグラクソ・スミスクライン社がCervarixの承認を申請し、次いで2007年12月に万有製薬(メルク社100%子会社)がGARDASILの承認を申請した。

日本では現時点で未承認(未認可)ワクチンであるため、流通は禁じられているが、医師による個人輸入で接種可能である。個人輸入を取り扱っている医療機関に申し込むことにより、合法的に受けることができる。

注意しなければならないのは、本ワクチンは子宮頸癌等の定期健診を省くものではない。 Gardasilなら6,11,16,18型、Cervarix なら16, 18型以外が原因になる、またはワクチン接種時に既感染のウィルスによる病変の予防にはならないからである。よって、接種後も、定期健診は重要である。

2009年03月12日

ドゥブロヴニク

ドゥブロヴニク(Dubrovnik, イタリア語 Ragusa, ラテン語 Ragusium)は、クロアチア、アドリア海沿岸に位置する都市。ドゥブロヴニク=ネレトヴァ郡の郡都。「アドリア海の真珠」とうたわれる美しい町並みを誇り、1979年に世界遺産に登録された。

ボスニア・ヘルツェゴビナの唯一の海港であるネウムが回廊状態で分断しているため、クロアチア本土とは陸続きではない(→飛び地)。

町の起源は古くローマ帝国時代、あるいはそれ以前に溯るとされている。町のイタリア語名ラグーサは、当時のラテン語名ラグシウムに由来する。11世紀頃からヴェネツィア共和国の影響下で発展し、1358年ヴェネツィアのコントロールを脱してラグーサ共和国として自立するようになった。そもそもこの町は後背地であるボスニアやセルビアで産出される鉱石の積出港として栄えていたが、15世紀にオスマン帝国がバルカン半島の内部へと進出してくるとその宗主権を認め、ヴェネツィアがオスマン帝国と度々戦争状態に入りその都度停滞したのとは裏腹に、かつてヴェネツィアが独占的に果たしていた東西交易の中での役割をより確かなものとしていった。

ラグーサ共和国の時代、この町では、イタリア系とスラブ系の住民が一貫して共存し、共に繁栄を支えていた。もともとイタリア系住民が住んでいた島の部分とスラブ系住民の住む対岸の集落の間にある海峡を埋め立てることによって、両者の一体化はさらに進んだ。政治の場面においてはイタリア語が主に使用される一方で、クロアチア語による文学が盛んであった。15世紀?16世紀に最盛期を迎えたこの都市国家は、しかしアドリア海交易の不振と1667年の大地震により、緩やかに衰退の道をたどる。

その後、共和国は1805年にナポレオンにより解体され、1815年以降、オーストリア帝国領ダルマチアの一部となる。さらに第一次世界大戦の結果二重帝国が解体されると、セルボ・クロアート・スロヴェーヌ王国を経て1929年に成立したユーゴスラビア領となった。ローマ帝国の時代以来、ダルマチアに長く影響力をもったイタリア系住民は、多数派であるクロアチア系住民と同化していく流れにあったが、ユーゴスラビアの独立と第二次世界大戦を経て、そのプレゼンスは消滅した。

1991年のクロアチア独立とともにクロアチア領となったが。この時起こった内戦ではユーゴスラビア連邦軍の攻撃を受け、かなりの被害が出たが、その後復興し、一時名を連ねた世界遺産の危機遺産リストからも1998年に除外された。
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その後、観光地としてホテルやレストラン、街並みの整備が進められ、今日では、対岸のイタリアなど世界各地からの旅行者で賑わっている。

2009年02月24日

人工意識

人工意識(じんこういしき、Artificial Consciousness、AC)は、人工知能と認知ロボット工学に関わる研究領域であり、技術によって作成された人工物に意識を持たせることを目的としている[1]。Machine Consciousness (MC)、Synthetic Consciousness などとも呼ばれる。

人工的に知覚を持った「存在」を作る話は、古くは様々な神話など、数々存在する。ゴーレム、ギリシアのプロメテウス神話、クレティアン・ド・トロワの機械人間、メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』などが例として挙げられる。サイエンス・フィクションでは、人工的に意識を持った存在としてロボットや人工知能が描かれてきた。人工意識は哲学的にも興味深い問題である。遺伝学、脳科学、情報処理などの研究が進むにつれて、意識を持った存在を生み出す可能性が出てきた。

生物学的には、人間の脳に必要な遺伝情報を適当なホストの細胞に組み込むことで、人工的なゲノムを生み出すことも可能かもしれないとも言われており、そのような人工生命体は意識を持つ可能性が高い。しかしながら、その生命体の中のどういった属性が意識を生み出すのだろうか? 似たようなものを非生物学的な部品から作ることはできないのか? コンピュータを設計するための技術でそのような意識体を生み出せないだろうか? そのような行為は倫理的に問題ないだろうか?という諸問題を孕んでいる。

脳科学の1つの考え方では、脳のある部分の相互作用によって意識が生まれると仮定する。このような、意識を生み出すのに十分な最小限の脳活動を「意識に相関した脳活動; Neural correlate of consciousness」(NCC) と呼ぶ。脳はホムンクルス誤謬と呼ばれる問題にも陥らず、次節で解説する問題をも克服する。人工意識の研究者は、この(まだ完全には解明されていない)相互作用をコンピュータによってエミュレート可能であると信じている。

素朴実在論や直接的実在論によれば、脳の行う処理によって人間は直接意識を持っているとされている。間接的実在論や二元論によれば、脳には処理によって得られたデータは存在するが、人間の意識は物理的な事物の上に投影された精神モデルや精神状態であるとされている(ルネ・デカルトの二元論など)。意識に関するこれらのアプローチのいずれが正しいかは常に議論の的である。

直接知覚という考え方は、意識体験が外界に直接的に依存することを説明する新しい物理理論を必要とするかもしれない。しかし、知覚が脳内の世界モデルを通した間接的なものなら、どのようにしてモデルが経験となるのかを説明しなければならない。

知覚が直接的なら、自己認識を説明することが難しくなる。というのも直接知覚という考え方が登場した背景には、内部処理が無限に再帰するという Ryle's regress に陥るのを避けるという目的があった。ロボットの自己認識は明治大学の武野純一教授[2][3]が研究しており[4]、鏡に映った自分自身と別のロボットとを区別できるロボットが開発された[5][6]。直接知覚の立場では、夢や想像やメンタルイメージなどの精神生活に人間が本当には気づいていないとも主張する(これらは再帰に関係するため)。

自己認識は間接知覚の立場ではそれほど問題にならない。というのも、その定義上、人間は自身の状態を認識しているとするからである。しかし、上述したように、間接知覚の立場では Ryle's regress を防いでいる現象を説明しなければならない。人間が間接的に知覚しているなら、自己認識はイマヌエル・カント、ウィリアム・ジェームズ、デカルトの説明する時間経験の拡張の結果として生じるのかもしれない。残念なことに、時間経験の拡張は現在の物理学の認識とは一致していないと言えるだろう。

情報処理と意識
情報処理とは、状態の符号化である。プログラムと呼ばれる命令列によって示された一連の変換を符号化された状態に対して行う。この符号化された状態は電子の流れによって表されるが、原則として媒体は何でもよく、鉄球や玉ねぎでもかまわない。命令が実装されたマシンも電子式である必要はなく、機械式でも流体を使用してもよい。

デジタルコンピュータは情報処理を実装したものである。その黎明期から、それら機器が意識を持つ日がやってくるかもしれないという示唆はなされてきた。最も早期にそれを真剣に論じた人物としてアラン・チューリングがいる。

技術者が意識を持つ実体を作成するにあたってデジタルコンピュータ方式だけを使うなら、強いAIの哲学と関連した問題が生じる。最も重要な問題はジョン・サールの中国語の部屋という思考実験である。それは、情報処理装置の中身は真の意味を理解する必要がないことを示したものである。それは単に電子や鉄球の一群にすぎない。

サールの主張は直接知覚主義者を納得させることはない。彼らは「意味」が知覚するオブジェクトによってのみ見つけられるものであるとする。また、創発主義の概念もサールの主張への反論となっている。創発主義は処理系の複雑さが新たな物理的現象を生むことを提唱している。

人工知能研究では「digital sentience(デジタル直観)」という誤った用語がしばしば使われる。「直観」とは、内的思考なしで知覚する能力を意味する。それは、意識体験がプロセスというよりも状態であることを示唆している。
キシラン ノート ローズ マッハ リボ デリバラ 田舎国 ゴマナ ゲート フォトモ ザンス カッコー コッチ チリン シャー タジーン メーカ ディング モード アップ クロゼ レイオ モラトリ ダイキリ サイリウム レセプト クオリア ロトロン シーラーズ プルマン タリフレ ハッチ カップ ブローシャー オレキシン タバーン ノード ビッシング ヒットラー タッチ きくま 深呼吸 ゾディア はつう パラコート マスコ 和銅 しちの トラック ビヨウ

マシンが任意の環境で意識を持てるかという議論は、一般に物理主義と二元論の対立として描かれる。二元論者は「意識には物理的でない何かが関わっている」と信じている一方、物理主義者は「全ては物理的に説明できる」としている。

デジタルコンピュータの意識
マシンが人工的に意識を持つにあたって、必須と考えられている意識の様々な面が存在する。Bernard Baars は意識が役割を果たす様々な機能を提案した。人工意識の目的は、それを含めた意識の各相をデジタルコンピュータのような人工物で合成することである。そのリストは完全ではなく、カバーされていない面も多々ある。

直観と意識を判定する一般的な基準は自己認識である。「conscious(意識がある)」の辞書の定義を見ると「自身の置かれた環境、自身の存在、感覚、思考を自覚する」とある(dictionary.com)。1913年版のウェブスターでは conscious を「内部の意識体験、または外部からの観測によって知識を有する; 認識がある; 気づいている; 分別がある」と定義している。自己認識は非常に重要であるが、それは主観的で検証しにくいと言えるかもしれない。

Igor Aleksander は人工意識の重要な能力として、将来の事象を予測することを挙げた。彼の Artificial Neuroconsciousness: An Update で「予測は意識の重要な機能の1つである。予測のできない有機体は意識に深刻な障害を負っているだろう」と述べている。創発主義者ダニエル・デネットは『解明される意識』で、予測に関連する「多元的草稿」モデルを提案した。それは、現在の環境に最も適した「草稿」を評価・選択するという考え方である。

もう1つの必要とされる面として「自覚; Awareness」がある。しかし、「自覚」についても定義上の問題がある。この問題を説明するため、哲学者デイビッド・チャーマーズは汎心論者の主張によればサーモスタットも意識があることになると逆説的に論じた(Chalmers 1996, pp283-299)。サーモスタットは、暑すぎる、寒すぎる、ちょうどよい温度という状態を持つ。猿の神経系をスキャンした実験によると、状態やオブジェクトではなくプロセスが神経を活性化させることが示された[7]。そのような反応は五感を通じて得られた情報に基づくプロセスのモデルによって説明されなければならない。そのようなモデルの作成には多大な柔軟性を必要とするが、予測を行うのに有益でもある。

意識を持つマシンは、個性を持つと考えられている。行動主義心理学では、個性は他者との関わりにおいて脳が生み出した錯覚であるとするやや一般的な理論がある。つまり、他者と関わりを持たない人間(および他の動物)は個性を持つ必要はなく、人間の個性は進化することはないだろうという説である。人工意識を持つマシンは、人間のオブザーバーと意味のある対話をする能力を有するものとする限り、個性を必然的に持つと考えられる。しかし、計算機科学者らが指摘するとおり、機械の個性を測るチューリングテストは汎用的に使える手法ではない。

学習も人工意識が備えるべき能力である。サセックス大学の Ron Chrisley のまとめた "Engineering consciousness"[8] によれば、意識とは、自己、透過性、学習、計画、ヘテロ現象学、信号の区別、行動選択、注意、タイミング管理から構成される。ダニエル・デネットは "Consciousness in Human and Robot Minds"[9] の中で「未成熟なロボットが意識を持つように育てる方が、事前に全ての用意を整えるより簡単だろう」と述べている。彼はロボットの意識について「サイズは大人であっても、最初から成熟してはいないだろう。それは人工的な幼少期を経るよう設計され、その間、現実世界の入り乱れた環境で得るであろう経験から学ぶ必要があるだろう」としている。そして、「人間と自然言語で対話できるエージェントは、世界中の知識のうち数百億の項目は多すぎるにしても数百万の独立な項目にアクセスできなければならないことは間違いない。ダラスのダグラス・レナート率いる Cycプロジェクトが行っているような人間のプログラマによるコード化がその手段かもしれないし、人工エージェントが実世界と実際にやり取りして知識を獲得する新たな方法が見つかるかもしれない」と述べている。学習に関する興味深い論文として、Axel Cleeremans(University of Brussels)と Luis Jiménez(University of Santiago)の "Implicit learning and consciousness" [10] がある。そこでは、学習を「系統発生的に発展した適応プロセスの集合であり、経験への感度に強く依存していて、複雑で予測不能な環境でエージェントが行動を柔軟に制御することを可能にするもの」と定義している。

「期待; Anticipation」はマシンに意識があるように見せるのに使われる特徴である。人工意識を持つマシンは期待される事象に対して対応する準備ができていなければならない。これが示しているのは、マシンがリアルタイム性を備えていなければならないということであり、それによってマシンが現在意識を持っているということを証明できる。そのためには、マシンを検証するには現実世界をシミュレーションするために予測不能な環境の中で動作させなければならない。

ジョン・マッカーシーは「人工知能プログラムが汎用性に欠けているために苦しんでいることは、1971年時点はおろか、1958年時点でも明らかであった」と述べた。「汎用性; Generality」は人工知能だけでなくむしろ人工意識にとって重要な特徴と言える。

学説
人工意識のもっともらしさと能力、人工意識が真の意識を持つ可能性についていくつかの定説がある。サーモスタットに意識があると言う人も、サーモスタットに音楽を理解できるとは思っていない[11]。チャーマーズはインタビューの中で、サーモスタットが非常に思索的な意識を持つと言ったが、彼自身は熱心な汎心論者ではない(Chalmers (1996) whiter panpsychism の298ページ参照)。そのような解釈は、意図的に不正確な定義を与える可能性があるが、任意の有意な知性を定義するには限定的すぎる傾向がある。

人工意識は「強いAI」のように天才的である必要はない。それは科学的方法のように客観的である必要があり、既知の意識の能力を実現できなければならない。ただし、トマス・ネーゲルが客観的に観測できないとした主観的経験は除外される。

虚無主義的観点
何かに意識があるかどうかを検証することは不可能である。寒暖計に音楽が理解できるか問うことは、人間に五次元で思考できるか問うのと同じことである。人間が五次元で思考する必要はないし、寒暖計が音楽を理解する必要もない。意識とは、自分で選択するように見えるものの属性を示す単なる用語であり、おそらく我々の精神が内包するには複雑すぎるものである。意識のあるように見えるものもあるが、それは単に我々の精神がそう信じさせようとしているか、我々のそれらのものへの感情の影響である。意識とは錯覚である。

その他の観点
別の観点の一例として、人間は自身の存在、延いては自身の意識も否定することができる。ルネ・デカルトの「我思う、ゆえに我あり」を熱心に論じる機械があったとしたら、それは人工意識の存在の証拠の1つとなるだろう。しかし、機械がそれを記号的に論じるとしたら、あまりにも人間的すぎる。その主張の本来の意味は、意識体験が存在するというものであり、それを否定することも一種の意識体験であるため、我々はそれを否定することができないのである。意識を持つマシンはマシンであるが故に意識を持たないと主張することもできる。ちょうど記号的主張と体験の違いを誤解した人間のように。意識は必ずしも無謬の論理的能力を意味しない。意識の完全性、意識の程度、その他の関連する事柄については議論が続いており、今後も続くだろう。ある実体の意識が他の意識より劣っているとしても、どちらの意識の完全性も損なうことにはならない。

今日のコンピュータは一般に意識を持たないと考えられている。UNIX系のシステムで wc -w コマンドを実行すると、テキストファイル内の単語数を数えて報告する。しかし、それは意識の存在を示す証拠でも何でもない。しかし、top コマンドを実行すると、コンピュータはリアルタイムで継続的にタスクの実行状況やCPU使用率などを報告する。これは一種の限定された自己認識の証拠であり、意識が自己認識に基づく行動で示されると定義されるなら、top コマンドは意識の存在を示していると言えないこともない。

学問分野としての人工意識
人工意識の研究には、人工意識システムを構築することで、対応する自然のメカニズムを理解するという側面もある。

「人工意識」という用語を使う科学者として Igor Aleksander (インペリアル・カレッジ・ロンドン)がいる。彼の著書 Impossible Minds の中で、人工意識を創造するための原理は既に存在するが、そのマシンに言語を理解させるには40年かかると述べている。ここでいう言語理解とは、必ずしも人間の自然言語のことを意味しない。犬は200程度の単語を理解すると言われることもあるが、万人が納得するような証拠はない。

その点で、「デジタル直観; Digital Sentience」は漠然と代替的目標とされたが、あまり理解が進んでいない。1950年代以来、計算機科学者、数学者、哲学者、SF作家がデジタル直観の意味や可能性を議論してきた。

そういった意味では、人間の直観をモデルとしたアナログのホログラフィック的直観の方が可能性が高い。

実用的アプローチ
哲学の範囲に止まらない人工意識研究もある。実際に人工意識を持つマシンを開発しようと真剣に取り組んでいる者もいる。以下に2つの例を挙げる。他にも同様の研究は行われているし、今後も増えるだろう。

Franklin の知的分散エージェント
Stan Franklin(1995年、2003年)は、自律エージェントを Bernard Baars の Global Workspace Theory(1988年、1997年)に定義された意識の機能の一部を備えた場合に、機能的意識を持っていると定義した。彼の生み出した IDA(Intelligent Distributed Agent)は GWT のソフトウェアによる実装であり、その定義により機能的意識を備えている。IDA はアメリカ海軍で航海から帰ってきた船員に対して、各人のスキルと好み、海軍側のニーズを考慮して新たな仕事を割り当てる作業を行う。IDA は海軍の大まかな方針に従った上で海軍のデータベースと対話しつつ、船員たちとも自然言語の電子メールを使って通信する。IDA の計算モデルは Stan Flanklin らが 1996年から 2001年にメンフィス大学で開発した。これは約25万行のJavaコードで構成され、2001年ごろのハイエンド・ワークステーションのリソースをほぼ完全に消費する。それは「コードレット; codelet」と呼ばれるものに強く依存している。コードレットとは目的に特化した比較的独立したミニエージェントであり、スレッドとして動作する小さなコードとして実装されることが多い。IDA のトップダウン型アーキテクチャでは、高レベルな認知機能が明確にモデル化されている。詳細は Flanklin(1995年、2003年)を参照されたい。IDA は定義により機能的意識を持つとされるが、Franklin はそれが人間のような振る舞いを多く見せるとしても、いわゆる一般的な現象としての意識ではないと述べている。アメリカ海軍の人々は IDA とのやり取りで「そう、そのとおり」とうなづいてるのが何度も目撃されているが、それは単に IDA がそのタスクを実行した結果にすぎない。

Haikonen の認知アーキテクチャ
Pentti Haikonen(2003年)は人工意識を達成するには従来のルールベースの処理方式では不十分であると考えている。「脳はコンピュータとは全く違う。思考はプログラムされたコマンド列の実行ではない。脳は数値演算装置でもない。我々は数で考えたりしない」と Haikonen は言う。精神や意識を実現するのにそれらの根底にある計算規則を特定して実装するのではなく、Haikonen は「認知/内部イメージ/内言/苦痛/喜び/感情のプロセスやそれらの背後にある認知機能を再現する特殊な認知アーキテクチャ」を提案した。「このボトムアップ型アーキテクチャはアルゴリズムやプログラムを使わずに人工神経と呼ばれる基本処理装置を多数使って高レベルな機能を生み出す。」Haikonen は、これに十分な複雑性を持たせれば、このアーキテクチャが意識を発生させると信じている。彼はそれを「分散信号表現、知覚プロセス、混合様相、遡及力などを特徴とした操作のスタイルと手法」であるとしている。Haikonen のような意識の見方(神経を基にしたアーキテクチャを自律エージェントに導入することによって創発的に人工意識を生み出そうとする立場)は孤立しているわけではない。他にも Freeman(1999年)、Cotterill(2003年)の例がある。Haikonen(2004年)はこのアーキテクチャをあまり複雑でない実装にすることも提案しており、人工意識には至らないものの、感情と見られる状態を示すという。

検証
人工意識は形式的に証明可能としても、実装されたものが意識を持っているかどうかの判定は観測に頼ることになる。

チューリングテストは、マシンと人間が対話することでそのマシンの知能を測ることを提案したものである。チューリングテストでは、対話の相手がマシンなのか人間なのかを推測する。人工意識体が観測者の想像を超え、意味のある関係を築いたときに初めてそのようなテストに合格したと言える。

猫や犬はこのテストに合格できない。意識は人間だけが持つ属性ではないだろう。しかし、人工意識をもつマシンもこのテストに合格できない可能性は高い。

前述したように、中国語の部屋はチューリングテストに合格するマシンが意識を持つ必要がないことを示すことによって、その妥当性に疑問を呈した。

意識によるものとされる人間の振る舞いは非常に幅広いため、マシンに意識があるかどうかを判定する全基準を定めることは困難である。

実は、間接知覚主義者からすれば、意識の有無を検証する振る舞いに関するテストはありえない。なんとなれば意識体は夢などの精神活動を行うからである。その点は意識体験の主観的性質を強調する人々が主張している。例えば、トマス・ネーゲルは論文 What is it like to be a bat? で、主観的体験は客観的に観測できないため還元されることがなく、物理主義にも反しないとしている。

客観的基準がマシンの意識をテストする前提条件として提案されているが、特定のテストに不合格であったとしても意識がないことの証明にはならない。最終的に、意識についての一般的理解が適用可能なら、マシンが意識があるかどうかを判定することができるだろう。

人工意識の別の検証方法として、環境を人工的に構築して一部の刺激以外発生しないようにして、マシンをその環境に置いたときの学習能力を証明するという方法も提案されている。人間が何かに注目するメカニズムはまだ科学的に完全に解明されていない。この知識の欠如が人工意識の技術者によって利用された。つまり、「注目」のメカニズムが分かっていないため、マシンに関してもそれを測る方法が特定されていないのである。人間の無意識は、完全に注意力のない状態であり、前述のテストでは人工意識が注目した点を示す出力機能を持つ必要がある。Antonio Chella(University of Palermo)は次のように述べている[12]。 「概念と言語の間のマッピングは、概念構造の言語的シンボルによる翻訳である。適切な内部状態を持つニューラルネットワークによって実装された注目のメカニズムによってなされる。概念的表現を適切に走査する逐次的注目メカニズムを仮定したとき、事前の知識に基づいて生成された仮説に従えば、その場面で発生している興味深い事象を予測し、検出することができる。それゆえ、入力される情報からそのようなメカニズムが期待を生成し、仮説が実証されるような(場合によっては補正された)コンテキストを作成する。」

倫理的側面
人工意識を持つマシンが実際に作られたとき、そのマシンの権利という倫理的問題が生じる(すなわち、法的にそれはどんな権利を持つのか)。例えば、意識を持つコンピュータが何者かの所有物でシステムの一部として使用されている場合、その権利は特にあいまいである。法律制定の前に、「意識」を法的に定義する必要がある。人工意識はまだ研究段階であり、そのような倫理的問題はまだ論じられていない。しかし、フィクションにおいては良く取り上げられるテーマである

2009年02月08日

法の不遡及

法の不遡及(法の不溯及、ほうのふそきゅう)とは、実行時に適法であった行為を事後に定めた罰則により遡って処罰すること、ないし、実行時よりも後に定められたより厳しい罰に処すことを禁止した、近代刑法における原則。「不遡及(ふそきゅう)」を「ふさきゅう」と呼ぶこともある。事後法の禁止(じごほうのきんし)あるいは遡及処罰の禁止(そきゅうしょばつのきんし)ともいう。 ただしこの原則は行為者の利益のためのものであるため、本人に有利になる場合はこの限りでは無い(例えば、行為後に法定刑が軽減された場合、軽い方の刑に処せられる。例としては尊属殺人罪の廃止、犯行時死刑適応年齢の16歳から18歳への引き上げが挙げられる)。
マルバタ クロスレ シュール しばざくら アスク たいざん ロスカ チーズ 白爵南瓜 モルガ ユーボ 冬の星座 ライオン いろはに ピーク ハスカ リッペ リーズ ダイヤ 雪の駅 マネタ ファース グラス おくやま スピンオフ スカッド レンジャー レジスタ バルキー 寄居かぶ メキシコ へきぎょく ダージジ パサク はま スティン つるむら 京野菜 コリンズ プール ギミッ デカル マンネリ ハイガイド トークッシ ロンティー サイトバラ メガ最適 ミズム どうちゃく

刑法の自由保障機能(罪刑法定主義)の要請により認められた原則である。大陸法、英米法どちらにおいても採用された原則であり、フランス人権宣言第8条にその原型がある。また、アメリカ合衆国憲法第1条第9節ならびにドイツ連邦共和国憲法第103条2項に規定がある。

日本
日本においても同原則は採用されており、憲法、刑法、刑事訴訟法にそれぞれ規定がある。まず、日本国憲法第39条前段に規定されている。この規定を受けて刑法第6条に犯罪後の法律によって刑の変更があった場合にはその軽い刑によって処罰するとの規定が設けられた。判決前に法改正によって刑が廃止された場合には免訴の言い渡しがされる(刑事訴訟法第337条第2号)。判決があった後に刑の廃止、変更または大赦があった場合にはそれを理由として控訴申し立てができる(刑事訴訟法第383条第2号)。また、再審事由ともなる(刑事訴訟法第435条)。

なお、日本においては判例は法源とはされないため、判例変更による解釈の変更は法の不遡及の問題ではない。しかし、理論上、違法性の意識の可能性の欠如による故意の阻却の問題や期待可能性の欠如による責任阻却の問題を生じうる。

法の不遡及に反するという指摘がある近現代の立法例、裁判例

韓国法
大韓民国においては、大韓民国憲法第13条1項において、罪刑法定主義が採用され、第13条2項において遡及立法による財産の剥奪も禁じられているが、以下の法律は韓国法において違憲の疑いがあると指摘されている。

日帝強占下反民族行為真相糾明に関する特別法
親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法
反民族行為処罰法

ドイツ法
亡命企図者に発砲、これを殺傷した旧東ドイツの国境警備兵に対する、統一ドイツ法による刑事裁判。当時の東ドイツ法では当然に、当該行為の違法性は阻却されていたので、法の不遡及に反するという指摘がある。

戦犯法廷
第二次世界大戦以前は国家機関として行為した個人には刑事免責が認められるとされていた(国家行為の法理)が、第二次世界大戦の敗戦国の指導者達には国家行為の法理は適用されず、犯罪者として刑事責任に問われたため、この処置は法の不遡及に反するという指摘もなされている[1]。

ニュルンベルク裁判(ドイツ)
東京裁判(日本)

不作為責任
薬害エイズ事件で厚生省官僚の不作為責任が追及されたが、事件発生当時不作為が罪になるという感覚は存在しなかった。また、飲酒運転に対する世論が厳しくなるきっかけとなった事件が、その事件がきっかけで厳しくなった社会通念を基準に裁かれるなど、事件当時に存在しなかった裁判時点の空気や世論によって裁かれる例は非常に多い。

2009年01月23日

タイセイヨウサケ

タイセイヨウサケ (大西洋鮭、学名:Salmo salar、英:Atlantic Salmon、独:Atlantischer Lachs)は、サケ目サケ科に属する魚。各国の北大西洋とその流入河川に広く分布する。タイセイヨウザケと濁音便で発音したり、英読の仮名転写で「アトランティック(またはアトランチック)サーモン」とも呼ばれる。日本の場合、流通・加工業者や釣り人のみならず、後者のアトランティックサーモンの名で知られることが多い。
フェルト オレキ マッチ キャム プロポ オオセンナ パドルボ ダカー 国道18号線 ストー ヤン サンゴ ウェー ジグラート ないえ ショルダ イチゴ マリネ シュラフ デュポン ジェイペグ 古時計 スペクト ビージ レベル ゲッケイ カーン マエスト ツルウ オギジ レアメ スキーマ ネオジム ラズライ トリトマ ビレイ きあか スフィン レザー ジャムウ ファイ ファクト オキナグ ハイクラ ケフェウ ペクシ スノー チェンジ スケイ ダカール

元来英語の"Salmon"や同系の欧州の語彙が指す魚はこの種である。そのため欧州やアフリカ諸国、中近東といったユーラシア大陸西部では、単に英語で"Salmon"といえば通常このタイセイヨウサケ(またはタイセイヨウサケ属の同属他種との交配も含む多様な人為的改良種)のことを指し、マレーシアや中国、台湾、日本などユーラシア大陸東部のアジア諸国の多くではシロザケを主としてタイヘイヨウサケ属(Oncorhynchus)を指すことが一般的である。

現在ではダムの建設や水質汚染により野生個体群の資源量が減少したことと、海中飼育が容易で飼料の種類や飼育方法により食味を調整しやすく、天然漁獲の個体と違い寄生虫の懸念が少ないため、市場に流通する大半が養殖物である。

成魚の頭部は比較的小さく、体高は低い。頭部から背部にかけて黒点が散在する。スモルト(降海する幼魚)の体側は銀色で、背部は暗い青緑色。サケ類の中では比較的大型で、成魚の全長は平均90から110cm(大きな個体では全長150cm、体重40kg以上に達する)。大半はシロザケのように1回の産卵で死滅するが、同属のブラウントラウト(S. trutta, 茶色マス)やニジマス(Oncorhynchus mykiss, テツ)のように遡上・産卵・降海を複数回繰り返す個体も存在し、中には10年以上生きる例もごく稀にある。

いくつかの湖と流入河川では陸封型がみられる。

サケ科魚類最大の特徴である母川回帰本能により、成魚は生まれた川に遡上して9月から11月に交尾と産卵を行う。遡上の時期は3月から5月にかけての春先と夏季、産卵直前である。春先と夏季に遡上した個体は秋の産卵期まで暫く河川で過ごす。産卵後の親魚の大半は死滅するが、再び降海・遡上する個体もいる。

孵化した稚魚は初期はプランクトン、ある程度成長すると水生昆虫や小エビ、小魚等を食べて成長したのち降海する。孵化した稚魚が降海するまでの淡水域で暮らす期間がサケ類の中では比較的長く、場所によりその期間が大きく異なる。イギリスの例では、ロンドン周辺のテムズ川では大半の稚魚の河川残留期間が約1年であるに対し、スコットランド北部の河川では4年以上残留することもある。

海洋生活期
降海した幼魚は北極圏に近い大西洋北部の海域を目指す。そこでは、多くの降海型サケ科と同様、イカ、カイアシ類、エビ、アミ、魚類等を捕食しながら1年から4年かけて成魚へと成長する。

食材として
主にムニエルや揚げ物、スパイスと塩でシンプルな味付けをした素焼、燻製(ロックスなど)等にする。 刺身、寿司ネタ、煮物、塩蔵品にも利用できる。 日本でも寿司ネタとして扱われる「サケ」は、ニジマスの降海型個体(いわゆるスチールヘッド)を養殖したトラウトサーモンの他に、この養殖アトランティックサーモンが使われることがある。

釣りの対象として
英国や北欧の他、ロシア西部に至るまで北大西洋に面する多くの国々では、古くから釣りの好対象として親しまれてきた。北米ではセントローレンス川河口にあたる、カナダのケベック州ガスペ半島にはタイセイヨウサケが遡上する大小様々な支流が無数にあり、北米在住のサケ釣りファンにとってはタイセイヨウサケ釣りのメッカとなっている他、カナダの大西洋沿岸全域や米国のメイン州をはじめニューイングランド地方一帯の河川の多くにも生息しており、各自治体にもよるが、入漁料 (license fee) を支払えば料金に応じた制限数量内で許可されていることが多い。

養殖
タイセイヨウサケはチリ、カナダ、ノルウェー、ロシア、イギリス、オーストラリアのタスマニア州などで大量に養殖されている。養殖されているタイセイヨウサケはほとんどがヨーロッパの個体群を祖先としているため、北米東海岸では養殖場から逃げたサケが野生のサケと交雑して起こる遺伝子汚染が懸念されている。北米西海岸では逃げたタイセイヨウサケが外来種として定着し、タイヘイヨウサケ属の個体群と限られた資源を巡って競争する可能性が懸念されている[2] 。また、薬品、餌の食べ残し、サケの糞による養魚場周辺の水質汚染の可能性も無視できない。

保護
米国メイン州のメイン湾 (Gulf of Maine) 個体群(セントクロワ川河口を除くケネベック川下流の支流を母川とする個体群)は、絶滅危機種法により絶滅危機("endangered")個体群に指定されている

2009年01月16日

三管領の1つ・畠山家では畠山義就

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三管領の1つ・畠山家では畠山義就とその従兄弟の畠山政長との家督継承権をめぐる闘争が激化していた。これに追い討ちをかけ事態を悪化させたのが、将軍義政の優柔不断さであった。

康正元年(1455年)頃、畠山家総領であった義就は政長と手を組んだ細川勝元の策謀によって義政から追放され、政長が畠山家総領を継承していた。義就は宗全を頼って復権を願い出ていた。

文正2年1月2日(1467年2月6日)、宗全に懐柔された義政が、当時管領職にあった政長や勝元に断ることなく、将軍邸の花の御所に義就を招いてこれを赦免した。追い討ちをかけるように義政は正月恒例の管領邸への「お成り」を中止し、3日後に義就が宗全邸で開いた酒宴に出席した。その席で義政は義就の畠山家総領を認め、政長に春日万里小路の屋敷の明け渡しを要求させる。

政長は反発して管領を辞任したが、後任に山名派の斯波義廉が就任した。勝元は義政から義就追討令を出させようとするが、富子が事前に察知して宗全に情報を漏らしたため失敗した。

政局を有利に運んだ宗全は自邸周辺に同盟守護大名の兵を多数集め、内裏と花の御所を囲み義政に政長や勝元らの追放を願い出た。義政は勝元の追放は認めなかったが、諸大名が一方に加担しないことを条件に義就による政長への攻撃を認めた。義政から廃嫡され賊軍扱いされた政長は勝元に援軍を求めたが、勝元は後日の反撃を期してこれを断った。

1月18日(2月22日)、政長は無防備であった自邸に火を放つと兵を率いて上御霊社(京都市上京区)に陣を敷いた。義政は畠山の私闘への関わりを禁じるが、宗全は後土御門天皇や後花園上皇らを室町亭に避難させると義就に加勢した。勝元は義政の命を守って沈黙を続けた。

御霊社は竹林に囲まれ、西には細川が流れ、南には相国寺の堀が位置した。義就は釈迦堂から出兵して政長を攻撃し斯波義廉、山名政豊、朝倉孝景らも加勢した。戦いは夕刻まで続いたが、政長は夜半に社に火をかけ、自害を装って逃走した。勝元邸に匿われたと言われる。御霊合戦は畠山の私闘とされたが、宗全が細川派を排斥しようとした事実上のクーデターであった。

戦火の拡大
御霊合戦の後、勝元は四国など領地9カ国の兵を京都へ集結させた。また勝元の娘婿である赤松政則が以前は赤松氏が守護を務めていた播磨へ侵攻し、山名氏から守護職を奪還した。京都では細川方の兵が宇治や淀など各地の橋を焼き、4門を固めた。5月には武田信賢、細川成之らが若狭の一色氏の領地へ侵攻し、都でも一色義直の邸や西軍諸将の屋敷を襲撃した。義敏は尾張から遠江へ侵攻した。4月に足利義視が調停を試みている。

5月、勝元は北陸に落ちていた政長を含む全国の同盟者に呼びかける一方、花の御所を押さえ戦火から保護するという名目で将軍らを確保し、天皇・上皇を室町亭に迎えた。勝元は自邸今出川邸に本陣を置くと6月には義政に要請して牙旗を授与され、官軍の体裁を整えた。片や宗全は5月に評定を開き、五辻通大宮東に本陣を置いた。両軍の位置関係から細川方を「東軍」、山名方を「西軍」と呼ぶ。兵力は『応仁記』によれば東軍が16万、西軍が11万以上であったと記されているが、誇張があるという指摘もされている。

京都に集結した諸将は北陸、信越、東海と九州の筑前、豊後、豊前が大半であった。地理的には、細川氏一族が畿内と四国の守護を務めていたことに加えその近隣地域にも自派の守護を配置していたため、「東軍」が優位を占めていた。「西軍」は山名氏を始め、細川氏とその同盟勢力の台頭に警戒感を強める地方の勢力が参加していた。このため西軍には、義政の側近でありながら武田信賢との確執から西軍に奔った一色義直や六角高頼・土岐成頼のように成り行きで参加したものも多く、その統率には不安が残されていた。

一方、関東地方や東北、九州南部などの地域は既に中央の統制から離れて各地域で有力武家間の大規模な紛争が発生しており、中央の大乱とは別に戦乱状態に突入していた(関東については享徳の乱を参照のこと)。